2月23日 vsスヌーピーズ @岡崎 天候:晴れ

 

 

時間が流れるのは、本当に早いものだ。

 

今日は平成19年2月23日。新年が始まって早2ヶ月が過ぎようとしている。そして、俺が京都大学に入学し、この京都大学スラッガーズに入団し、この背中の18番をもらってから、もうすぐ2年である。このスラッガーズの素晴らしき仲間たちと共に、楽しいこと、苦しいこと、多くのことを学び、乗り越えてきた。

 

ん?俺の名前はって?野暮なことを聞くもんだ。名乗るほどのもんじゃねぇ。まぁ、名前が無いってのは何かと不便だろう。

 

「人は俺のことをヒロシと呼ぶ・・・・・・。」

 

今日は、京阪リーグからの刺客・スヌーピーズを返り打つために、商売道具であるバットとドスを引っ提げ、木枯らし吹きすさぶ岡崎球場にやって来たわけだ。

 

「今日は一段と北風が強いな・・・・・・。だが、俺の心の中で燃えたぎる炎はかき消しやできねぇ!!!!!」

 

そんなことをつぶやきながら、俺は独り雄々しくマウンドへと歩んでいった。

 

今日、俺の球を受け止めてくれる恋女房は、都瑠さんだ。彼は、球だけでなく、心憎いまでの気配りで、俺の心まで受け止めてくれる名キャッチャーだ。そういうこともあってスラッガーズのメンバーは全員、彼に絶大なる信頼を置いている。

 

そして、彼の「1回ーーー!!!しまっていこうぜー!」という声で試合は始まった。

 

1回表。いざ、先頭バッターよ、食らえ!と投げた球は、バッターのバットに当たったものの、コツンと力なく三塁方向へと転がっていった。

 

「よしっ!」と心の中で喜び、ほっと一息ついた瞬間のことだ。

口の横のホクロがチャームポイントであるサードの臼井がそれを取りこぼしてしまう。俺は思わず我が目を疑った。いきなりの出来事に俺は唖然とした。しばらくすると、怒りがこみ上げてきた。そして、俺は必死に謝る臼井からボールをむしり取り、次の投球に備えた。臼井は哀しそうな瞳をしていた。が、椎名林檎ばりに、あたしはそれを無視した。

 

鼻息荒く、次のバッターにたぎる熱球を投げ込む。そしてその4球目、今度はセカンドの北浦の方へと転がった。試合前に「僕の所にはフライでお願いしますね」と弱気な発言をしていた彼だ。嫌な予感がした。

 

その予感は不幸なことに的中してしまった。彼が2塁に投げたボールは、無情にも微妙にずれ、ショート道斎の足が離れたという判定でランナーはセーフ。ノーアウト1塁2塁のピンチを背負う羽目になってしまった。

 

「北浦、お前もかっ!!!このゲーム脳めがっ!!!ファック!道斎も道斎だ。胸毛をチラリと見せる前に好プレーを見せんかい!お前達、まとめて法話だ!法話!」

 

俺は怒りに身を震わせていた。

 

 

 

と、その時だ。

 

「・・・ピッチャーが怒りに体を任せてはいけない。落ち着くんだ。・・・9人で野球が出来る喜びを感じるんだ。」

 

どこからか、声が聞こえた。それは、穏やかで落ち着いた声だった。そう、それはまるで仏のような声だったのだ。

 

 

 

「い、今井さん・・・・・・!?」

 

俺は、瞬時にその声が誰の声かを悟った。それはまさに今井さんの声なのだ。今井さんとは、現世において、KMLBの1試合奪三振記録を作ったり、数々の栄光を手にしたりした、偉大なる投手であり、ピッチャーをする者すべてが一度は尊敬し、憧れると言われる存在である。そんな今井さんの声がどこからともなく聞こえてくる。しかし、その姿は見えない。

 

「どこだ、どこなんだ・・・・・・!?」

 

マウンド上で四方八方を見回す俺。そんな俺にまた、今井さんの声が聞こえてきた。

 

 

 

 「ここだ。」

 

その愛が、いや声が呼ぶ方へ目を向ける。

 

 

 

 

・・・・・・いた。

 

今井さんは、岡崎の管理事務所の二階のガラス越しに、静かな微笑みを湛えて立っていた。

 

 

そのあまりの神々しさに、思わず俺はグローブを脱ぎ捨て、手と手を合わせた。

 

「ありがとう。今井さん。」

 

俺は心から今井さんの助言に感謝した。気付くと俺の目からは涙があふれていた。

 

 

 試合は再開された。今井さんがいてくれるという安心感で落ち着きを取り戻した俺は、その後の3人をきっちり抑えることができた。

 

 ベンチに戻った俺は、さっきの3人に自分の非礼を詫びた。3人はどうしようもないこんな俺を許してくれた。そして、俺たちは固い握手を交わした。

 

 

 1回裏、スラッガーズの先頭打者は今年のキャプテン、渡辺優だ。試合前の打順を決める際に、自ら1番を買って出たその心意気に、俺は「今年のスラは安泰だな。」と思った。前日までの雨を止めた晴れ男っぷりも好印象である。

しかし、期待された結果は三ゴロに終わる。

 いや、これでいいんだ。これは、新キャプテン、そして新生スラッガーズに託された試練なんだと。乗り越えるべき壁なんだと。頑張れ。

その後、2番道斎はしつこく粘った後、四球を選ぶ。服のチョイスとボール球のチョイスにかけては、彼には勝てない。続くトトロ仲村渠と都瑠さんも四球で、ワンアウト満塁となる。初回からチャンスである。

 

バッターは、誰だ。

 

俺だ。

 

 こんなチャンスに回してくれたみんなと運命に感謝しながら、俺は4球目を思いっきり振った。

 

 

ヒロシは、ヒットヒーーーー!!!!!!!!

 

 

 渾身の力で打った打球は、右中間を抜ける走者一掃の2ベース。歓喜に湧くベンチ。俺は思わずベンチに向かってガッツポーズをした。ふと、事務所の2階を見ると、そこには満面の笑みの今井さん。俺は、少し照れながらお辞儀をした。

 

 その後、スラは1点を追加して、4−0とした。

 

 2回からの俺のピッチングは、冴え渡り、ほとんど完璧に近いものだった。レフトの新村さんには「レフト暇すぎるぞ」とうれしい悲鳴を聞かされる。かなさんが来ていることもあり、実際は暇ではないのでは。とは、ベンチを温めている北田の弁。こんな軽いトークが出来るのもスラの良いところだ、ということにしておこう。

 

また、ファーストを守る仲村渠も、

 

「俺、一塁で寝てるだけで良かったっすよ。」

 

とジョークを飛ばす。

 

ファーストで寝てるだけの仲村渠。

 

 彼のジョークが、スノボに行ったメンバーにとってジョークにならないのは、ここだけの話である。

 

 冗談はさておき、試合の方はというと、スラッガーズの3、4回の攻撃は、俺の「ヒロシは、ローボールローーーーー!!!!!!!」打法による、三遊間を抜けるヒットと、今回はスヌーピーズとして出場していた佐藤に向けた、都瑠さんの粋なライト前ヒットの2本止まりであった。しかし野球とは分からないもので、この2回の間に、スラッガーズは5点を追加する。

 

5回が終わって9−0。

 

 誰もがスラッガーズの勝利を信じてやまなかった。そして、俺たちはこの素晴らしい時間がずっと永遠に続けばいいと思っていた。

 

 しかし、現実はそう甘くはなかった。

 

 

 

 場所は変わって、その頃東京では、スラッガーズのメンバーである久野が、就職活動をするために、京都から離れたこの地にやってきていた。ある会社のロビーで二次面接を待つ久野。すると突然、彼の携帯電話が鳴り出した。

 

 

 「福山雅治です。・・・福山雅h・・・。」

 

 

彼は、尊敬する福山雅治の声を携帯の着ボイスにしているのだ。スーツ姿の彼は周囲を見渡しつつ、突然の電話に少しのいらだちを覚えながらも、電話に出た。

 

 

 

 

「もしもし。」

 

 

 

「もしもし、ひさのさんですか?こちらは、京都市体育協会のものですが、ご利用の個人カードの口座なんですが・・・・・・。」

 

 

彼は、すべてを悟った。

 

 

 

 

 同じ頃、京都のスラッガーズの面々にも、グラウンド代未納による、試合続行の不可が管理事務所の管理人から言い渡される。

 

 想像も付かない突然の終了宣告に、俺は最初何を言っているのか分からずに、ただ呆然としていた。しかし、話が理解でき始めると、俺はその事の重大さに愕然とした。

 そして元キャプテンである自分の責任を感じた。

 同様に、話を聞いたスラナインは、怒りをあらわにし始めた。北田はプリプリし始め、平松の筋肉は今にも暴走しそうな勢いで膨張し、堀川は打席が回ってこず、守備固めとしてしか出られなかった自らの境遇を嘆き、仲村渠はふて寝し始めた。

抗議の意を示す仲村渠

 

 しかし、俺たちの意志は全くお役所には届かず、6回表で試合は終了。9−1でスラッガーズは一応勝利ということになった。俺は、とりあえず念願の2勝目(非公式)を手に入れることが出来た。

 

 

 

 

 

試合後、俺は勝利の喜びと、試合をやりきれなかった失望感、そして何故カードの口座にお金をもう少し入れておかなかったんだという後悔の入り交じった、複雑な心境で、冷たい風を浴びながら、岡崎公園を歩いた。

 

「ヒロシのシは、勝利のシ・・・・・・か。」

 

俺は自然とそんなことをつぶやいていた。今日の勝ち星を誇るかのように、公式戦で勝てない自分を皮肉るように、ひとり、つぶやいていた。

 

そのとき、あの人の声が聞こえたんだ。

 

 

「カードのご利用は計画的に。」

 

 

 

 

 

「い、今井さん・・・・・・!!!!」

 

俺は、泣いた。

 

 

 

 

(このレポートはノンフィクションですが、一部に筆者の想像や妄想が混じっています。ご了承ください。)

 

 

スヌ 000001 1

スラ 40140× 9

 

 

1

渡辺優

一ゴロ

三振

 

 

三ゴロ

投ゴロ

2

道齊

四球

 

三振

 

四球

三ゴロ

3

仲村渠

四球

 

遊ゴロ

 

四球

 

4

都瑠

四球

 

三振

 

右安<1>

 

5

齊藤

右2<3>

 

 

左安

投ゴロ

 

6

新村

投ゴロ

 

 

三ゴロ

四球@

 

7

臼井

左失<1>

 

 

遊直

三失A

 

 

北田

 

 

 

 

 

 

8

平松

四球

 

 

遊失<1>

二飛

 

 

堀川

 

 

 

 

 

 

9

北浦

四球

 

 

三振

 

投ゴロ