タンパンと白球と…(7月6日 vsパイレーツ レポート)

作成:なか

 

7月6日。日本列島では例年、梅雨前線が幅をきかす時期である。

ここ京都でも、もちろん連日スッキリしない空模様が当たり前のように続いていた。

 

あ、俺、臼井智哉。名門、京都大学の2回生だ。

 

俺が初めて野球を知ったのは確か、3歳の夏だった。オヤジにつれられて観に行った、高校野球。

熱気、応援、すみわたる空。なにもかもが3歳の俺には新鮮だった。こうして、野球に魅せられた俺は毎日、毎日白球をドロンコになって追いかけたんだっけ。

 

しかし、人は成長にするにつれて、新しい刺激を欲するもの。俺もたぶんにもれず、新しい刺激に身をゆだねた。俺の中で野球はもう唯一無二のものではなくなっていった。。。

 

その後、順風満帆な人生を歩み、京都大学に入学したのはもう1年も前になる。また新たな刺激を求めて、サークルを探しているとふと目についた一枚のビラ。

 

「選手大募集中!!」

 

一つのことに真剣だったあの頃。忘れていたものを思い出すように、野球への想いが再びわきあがった。心の片隅で、ほこりをかぶっていたその想いを取り出し、野球サークルに身をおこうと決意するのに時間は必要なかった。

 

そして、今。俺は「スラッガーズ」の副キャプテンをつとめている。

 

3勝5敗1分。

 

我がスラッガーズ2006年度前期リーグ戦成績である。まるで、梅雨空のようにスッキリしない成績であったが、ホームでの最終戦に勝利し、晴れ晴れとした気持ちで前期を締めくくりたい。七夕には一日はやかったが、俺はそう願いをこめ、アメリカから奴を呼ぶため携帯電話を手にとった。

 

 

 

4時に球場入りすると、数人のメンバーがグラウンド整備をしているのが目にはいった。

グラウンド整備が終わる頃には、メンバーも全員揃い、いつのまにか雨もやんでいた。

 

「織姫と彦星もしんじてみるもんだな」

 

俺は心の中でそう、ひとりごちて試合へのテンションを高めていった。

16時半。雲間から太陽がのぞきはじめる中、最終戦のプレイボール。

いつものようにスタメンを発表し、ナインに気合をいれ、俺はレフトのポジションへ。ベンチのマネージャーも俺に熱視線を送っている。さぁ、来い、パイレーツ!!

 

1回オモテ。パイレーツ、拙攻で無得点に終わる。ホッとひとつ、大きな安堵のため息をつく俺。まだまだ試合は始まったばかりだ。

 

1回ウラ。こちらの1番打者は久野。一つ上の学年の元キャプテンで、勝負強さには定評がある。

「先頭打者出ようぜ!!!」

ナインが口々に発破をかけるが、期待むなしく1ストライク、2ストライクと追い込まれ、2ストライク1ボールで向かえた4球目。久野のスラッと長い身体がバランスを失った。相手投手の変化球にバットが回ってしまった。俺は今にもあふれてきそうな不安を押し殺すので必死だった。信じねば、道は開けない。

 

2番打者は小山田。サークルのメンバーの間では『コヤマ』と呼ばれるジャニーズ系ナイスガイだ。球場へ来る途中にバイク事故を起こしたらしい。交代も考えはしたが、笑って気丈にふるまう小山田の眼に確かに宿っていた野球への情熱を俺は見逃さなかった。男は無言でうなずき、バッターボックスへ向かっていった。

 

しかし、結果はショートへのフライ。くやしがる小山田を俺はあえて視界の外へおいた。

 

野球は2アウトから。長打力に定評のある、ゴメス・福井がバッターボックスへ。彼は本国アメリカにも珍しいラテン系アメリカ人と日本人のハーフである。俺は決して流暢とはいえない英語で彼に意思を伝えた。

Hey!Fuck’in GOMEZ, HIT!!!HIT!!!HIT!!!」

ゴメスは無言で親指をスッとまっすぐ立て、相手投手のほうへ向き直った。

 

数秒後、ゴメスのはなった打球は相手キャッチャーのミットへおさまっていた。

 

2回オモテ。ランナーは出すものの、ピッチャー清水の力投が光っていた。この回も守りきり、無失点。

 

2回ウラの攻撃。バッターはその清水からだ。ここまでの打率が5割を越える強打者である。首元に「」のタトゥーを入れている、風格漂うとはまさにこのような人物を評するためにあるようなものだろう。

「なんとか先頭打者が塁に出れば…」

俺がこう願った刹那、相手エラーで清水出塁。こうもうまくいくものかと、自然に笑みがこぼれる。自分の願いに神通力の存在を感じはじめていた俺は、調子にのってまたお願いしてみることにした。

どうか、先制点をください。

 

 

5番バッターは奴。名前はタンパン・ウッズ。アメリカから呼びつけた助っ人外国人である。ゴメス・福井のハイスクール時代の後輩で、ベンチプレス380kgをいとも簡単に持ち上げるとのフレコミだが、詳しいことは俺にもわからなかった。ただ、彼の丸太のように太い腕から相当な怪力だということは容易に想像がついた。

 

俺はタンパン・ウッズにただ一言、こう伝えた。

 

「飛ばしてくれ」

 

タンパン・ウッズは少年のような笑顔で一言、こう返した

 

 

「オレが飛ばすのはマイワイフだけだぜ!」

 

 

軽妙なアメリカンジョーク。満足げな顔でバッターボックスへ入り、相手投手を一瞥。3球連続で見逃して、カウントは1ストライク2ボール。カウントを整えにきた甘いストレートをタンパン・ウッズは見逃さなかった。

 

 

パーン!!!!!!!

 

 

快音が梅雨空を切り裂いた。打球は伸びて、フェンスをひとまたぎ。2ランホームラン。

 

 

ナイン、マネージャーみなが歓喜の声をあげている。悔しがる相手投手。噛みしめるようにダイヤモンドを一周したタンパン・ウッズはホームインと同時に歓喜の渦の中心にいた。スラッガーズ、2点先制。自分の神通力に手がふるえていた。

 

続く6番バッター、平松も押せ押せムードの中センター前ヒット。こういうムードにうまく乗れるのも実力あってのことである、いや筋力といったほうが正しいだろうか。ノーアウト、ランナー一塁。次のバッターは…臼井、、、俺だ。

 

ベンチから期待のまなざしがむけられ、気分がどんどん高揚してゆく。大きく深呼吸して、バットを握るとバットを持つ手が小刻みに、しかし確かに震えていた。

神通力の副作用であった。震えの止まらない手でどうにかバットは握るも、そのような状態でバットをまともに振れるわけもなく、三振。涙がこぼれそうになったが、グッと我慢し後続のバッターにゲキを飛ばした。まだまだセーフティリードではない、そう思うがゆえの行動であった。

 

続くバッターはみつながGJ。「いのち守る」という少々おおげさなキャッチフレーズで政界進出を目論む日本競馬推進党の若手ホープ議員の一人である。外国人に政治家、ジャニーズ系アイドルと俺のサークルはつくづくタレントが豊富だなと実感させられるのだ。

 

話しを戻す。俺が「打ってくださいね」と応援すると、みつながGJは自らの腰におもむろに左手を添え、右手人差し指でメガネをクイッと持ち上げて俺にこうつぶやいた。

 

はくぼ競馬ならぬ、はくぼ野球だな

 

彼なりの照れ隠し、決意表明だったに違いない。バットをムチのようにしならせるも、全て空ムチに終わり、三振で凡退。

 

馬を傷つけたくありません。

 

野球の球と馬とを混同しているようだった。ジョッキーのようなコメントを残しそそくさと並足でベンチへと帰っていった。

 

2アウト。相手投手も先のホームランから少し気合を入れた投球を展開しているようにうかがえた。しかし、ここで俺の采配が光る。9番バッターに都瑠をすえておいたのだ。なみなみならぬ身体能力とそれを微塵も感じさせない謙虚さで常にメンバーから一目置かれる存在の都瑠。彼ならデカい仕事をやってくれる。そうみなが期待するのもまったく無理のないことである。

 

が、まさかの三振。ここで畳み掛けられないのが、スラッガーズの弱さなのかもしれない。改善点を冷静に模索しつつ俺はまたレフトへと走って行った。

 

3回オモテ。失点するも最小でくいとめた。

 

まだ、流れはコチラにある。半ば自分に言い聞かせるようにナインに喝をいれ、3回ウラの攻撃がはじまった。

 

先頭打者の久野、2番手小山田と凡退が続き、3番バッターはゴメス・福井。なんとかランナーをためて、相手にプレッシャーをかけていきたい。その思いはゴメス・福井も同じだったであろう。センターの頭上を越す二塁打を放つ。続く清水もセンター前ヒットで続き、チャンスに再びタンパン・ウッズ

 

その初球であった。

 

 

先ほどストレートを打たれている、打者は外国人、という二点から相手キャッチャーが導き出した選択はボール球の変化球から入る。まさに現代野球のセオリーとも言える投球術。

 

しかし、そのボール球が大きく外れて、タンパン・ウッズの背中を直撃…。

 

 

刹那、俺の目にすさまじい光景が飛び込んできた。

 

ウッズ…おい…

 

「ウッズ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

彼の野球へかける熱い思いがまさかこのような形で出てしまうとは思いもよらなかった。

 

必死に乱闘騒ぎを収拾させようと、両軍が入り乱れはじめる。

 

いのち守る」のフレーズで政界進出を目論むみつながGJ自分のいのちを守ろうと手をこまねいている。

 

ただ、俺は違った。ウッズを呼んだ責任もある。血の雨が降る前になんとかしなくては。ただそんなことを考えながら力の限り、俺はウッズを押さえた。押さえた。押さえた…

 

 

「ウスイ!!わかってくれ、俺にはワイフがいるんだ。もうすぐベイビーだって生まれようとしている。命をかけて野球をしているんだよ!!!」

 

ドフッ

 

 

ドフッ

 

 

興奮するウッズに腹をなぐられたらしい。痛みが腹からジワッと全身へ伝わった。周りの音が聞こえなくなり、俺は仰向けに倒れこんだ。どうやらまた雨がふってきたらしい。俺は最後の願いを雲の遥か上の織姫と彦星に伝えると、意識を失った。

 

スラッガーズ、どうか勝ってくれ…」

 

 

 

 

 

 

臼井君臼井君、起きて。ねぇ、臼井君…死んじゃいや!!!!」

 

マネージャーの声が耳につきささり、意識をとりもどした。ゆっくりと身をもちあげたあと、今までの状況を瞬時に整理した。

 

戦況は??

 

 

2−5かぁ、おしかったなぁ…」

 

 

どこからか声が聞こえた。周りのメンバー雰囲気も敗戦を告げているようだった。

 

負けたのか…同時に、もう一つの不安が胸をよぎった。

 

ウッズは??

 

遠くに目をやると、ウッズが帰り支度を整えていた。普段は大きな彼の背中が小さく見えたのはきっと俺だけじゃないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

ウッズはおもむろに球場に根をはる一本の大木をひっこ抜き、母国アメリカの方角めがけてぶん投げた。

 

 

彼は球場を見下ろし、メンバーにただこう告げると、空の彼方へきえていった。

 

「次から俺4番で異論ないな!!!」

 

 

俺の熱い夏は終わった。ただ、野球への熱い思いは消えることはないだろう。

タンパン・ウッズとの思い出とともに、色あせることなく…

 

 

 

 

 

1

2

3

4

5

6

7

パイレー

0

0

1

1

0

3

0

5

スラッガー

0

2

0

0

0

0

0

2

 

 

 

【スラ】

打数

安打

打点

 

 

 

 

 

(三)

久野

3

0

0

三振

三振

三振

 

道斎

1

0

0

 

 

 

三ゴ

(一)

小山田

2

0

0

遊飛

一飛

 

 

打一

高木

1

0

0

 

 

四球

左飛

(遊)

福井

2

1

0

捕飛

中二

 

 

打二

入口

2

1

0

 

 

中二

三振

(投)

清水

3

2

0

一失

中安

右安

 

(中)

中尾

2

1

2

左本A

死球

三振

 

(二)

平松

2

1

0

中安

左飛

 

 

北浦

1

0

0

 

 

三振

 

(左)

臼井

2

0

0

三振

左飛

 

 

堀川

1

0

0

 

 

三振

 

(右)

近藤

2

0

0

三振

三振

 

 

佐藤

1

0

0

 

 

三振

 

(捕)

都瑠

2

0

0

三振

四球

三振